2012年2月18日土曜日

第二外国語って Ⅳ

続きというか今度は逆側に立ってみますね。

私は大学教育における第二外国語廃止について否定側で立論を行う。論点は3つある。「未知の文化の一端に触れる機会」「友達を作る機会として機能している」「様々な言語に触れることで言語についての理解が深まる」である。

 一つ目の「未知の文化に触れる機会」についてだが、第二言語は英語と日本語以外の言語となることが多く、また学部によるもののオーラル・コミュニケーションに重点を置かれることが多いので言語のみならず文化に触れることも出来る。例えば高校までの課程では自発的には触れる機会があるものの、基本的に英語圏と日本くらいのものだろう。しかし、大学に入り必修という形で強制的に言語あるいは文化に触れさせられるというのは貴重な機会である。さらに、この経験を経て留学や研究、卒論などといった学問的な興味に繋がる可能性も大いにありうる。

 二つ目の「友達を作る機会としての場」についてだが、大学という見ず知らずの人が多い環境に放り込まれて一番最初に人と話す機会というのはおそらく語学の教室だろう。同じ学校出身だったりする人と話すこともあるかもしれないが、新しい環境の中で新しい友人を作っていく場としては有効であると考える。また、部活やサークルに所属するとそのグループ内としかコミュニケーションを取らないこともあるだろうが、語学で出会った知り合いというのは必ずしもサークルが同じではないこともあって情報を交換出来ることもあるし、逆にサークルを一緒に見に行ったりする仲間だったりもする。とにかく、友だちとして早い段階で出会う人が同じ教室の人ということは大きい。

 三つ目の「様々な言語に触れることで語学についての理解が深まる」についてだが、言語というのはある程度どういったものにも共通したルールや体系がある。例えば欧州方面でよく使われる言語のほとんどはSVOという形式で文章が構成されているし、日本語はSOVだとかそういった分類がある。こういったことやさらにもう少し深い知識に関しても共通部分は多い。日英のみならず、さらにもう一種類、言語を学ぶことで将来別な言語を学ぶときに共通部分があるということを経験的に把握しているだけで大きな助けになると考えられる。

以上の三つの論点から第二言語廃止に対して否定の立場を取る。

こんなところでしょうか。反論までやりたいところはあるけど、いつまで経ってもこの論題が終わらないような気がする。立論段階での反論くらいでやめておこう。あとは自分で印刷するなりしてやっておきます。

第二外国語廃止って Ⅲ

あけましておめでとう。たぶん今年に入ってから初めてだろうか。今年も立論ライクに書いていこうかと思うので見ている方がいらっしゃったらよろしく。第二外国語、結局論点の洗い出しっぽいことまではしたものの、まとまった文書にしていなかったのでその作業をしていこうかと思います。
第二外国語廃止 賛成側 からやってみましょうか。


私は大学教育における第二外国語廃止について肯定側で立論を行う。メリットは3つある。「自発的かつフレキシブルに選択出来る状況にある方が有意義な語学学習に繋がる」「大学の人件費削減」「語学に取られる時間を減らし、学部特有の学問に触れる時間を増やせる」の3点である。

一点目の「有意義な語学学習に繋がる」という点についてだが、単位を取らせるということで形骸化し、学生にとって消化試合として捉えられている傾向があるのではないか。簡単と言われる言語に人気が集中するのもその現れであると考える。故に入学後も選択を自由とし、自発的な学習を促したほうが習得効果も期待出来るうえに、授業を妨害するような学生も減ると思われる。嫌々やるよりもやりたいと思った語学をやった方が集中も出来るだろうし、であれば効率も上がる。二年間の縛りとも表現すべき柔軟性に欠ける制度が効率的な学習を妨げ、新たな分野へ学生が自発的に踏み込める機会を奪っている。例えば入学後に様々な学問や言説に触れていくことで興味の幅が広がり、別の言語が必要となったときに語学を変更出来なければ、英語+中国語+ドイツ語などという履修計画を組まねばならなくなる。これは学生にとって大きな負担である。また、それにより1セメスターでの履修科目数が圧迫される。語学を増やした分、学部特有の学問に触れる機会が減るのである。外国語をやるための学部に入ったわけではない学生にとってはこのような事態は望ましくない。

二点目の「大学の人件費削減」についてだが、これは大学の費用を軽減することにより学生やその家庭の金銭的な負担も軽減することが可能であると考えられる。国立大学が法人化したことにより研究費などの調達に自助努力が求められ、今まで通りの経営が機能しにくくなりつつある。私立大学においてはそもそも学費や寄付金、施設維持費などで学生の家庭は圧迫されている。第二外国語を廃止することで需要に応じて語学のカリキュラムも作成されていき、合理的な時間割に近づいていくと考えられる。需要のない語学のコマ数を無駄に置いておくことは非合理的であり、もし需要が生まれたらその時に対応するようにするべきである。学部ごとの分散や共有も視野に入れることでより効率的な語学学習と時間割作成そして大学経営が達成されていくと考える。

三点目の「学部特有の学問に触れる時間を増やせる」について。大学には1セメスターにおける履修上限が設定されている。一点目でも少し触れたが大学で語学ばかりに力を入れていては学部次第では「何をしに大学に来たのかわからなくなる」のだ。法学部や経済、経営といった学部に入ったのに学問的に関係性のない語学を学ぶというのは学部生レベルでは不要であると考えられる。その学問が見発達な国の語学を学び、その国の学問を元に論文を書くという発想もあるとは思うが、基礎あるいは王道的なものを学ばずに既存の枠から離れたものを研究するというのはリスクの高いことであり、遠回りであるようにも思われる。また、原文で読むとしても、今までで培われてきた日本語での理解能力を以て日本語訳で出版された本を読んだ方がひと通りの理解や学習には便利であると考える。いちいち辞書を片手に原語のままで解読していては訳すだけで精一杯、理解するまでに多くの時間を必要としてしまうと思われる。

以上の3点から私は第二外国語廃止に対して肯定の立場を取る。


こんなところでしょうか…。