他の講義がその時の自分にとってあまりに興味が持てなかったので政治社会学という講義に履修を振り替えた。最初はこれもそんなに面白いものなのだろうか、という気持ちはあったんだ。まあ前に面白く無いと思った講義よりは良かったから取ったんだけど。でも途中からだんだん面白くなってきた。どんな内容かというと今回は官僚制が主なキーワードで、途中から統治システムの話になった。
官僚制っていうのは大規模組織制であって実は民間でもほぼ同じシステムが採用されているところが多いという。まずピラミッド型にヒエラルキーがあって事務次官や官房とやらが上部にあるらしい。官房は文書・人事・予算について発言権がある。民間で言うところの総務というものとほぼ同じらしい。その下に局というものがくっついていて、そこから課や係へと分業的にラインが伸びている。上部はその分業されたものを統合する場所であるという。ラインに沿って専門的に分業された業務内容が上部に伝達されていく過程で文書というものが作られる。この文書というものは自分の仕事の責任を明確にするもので、逆に言えばこれがあれば自分の仕事の範囲外の責任を負わされにくくなるというものである。たぶん報告書とか就業日記とかそういうものも文書なのかな。これを管理するのがさっき言った文書課的なところらしい。ここにはわりと世の中に出回っちゃうとマズいものとかもあるそうで、上のポストとして文書課があるのも納得できる(そういうものがあることがいいか悪いかは別として)。
官僚的システムの机の配置は本来パーテーションごとに区切ってあるらしく、他人の業務内容はあまりわからない。欧米なんかでもやってるらしいが、日本でよくあるシステムとは違って代理を立てたりすることもないので「休む!」という時は相手もその人に関わる仕事が出来なかったりすることがわりとざらにあるそうだ。しかし一方、日本のシステムというのは官僚制的であるにも関わらず若干変則的で、小中学校の給食時間のような大部屋的スタイルであるそうだ。メリットとしては他人の勤務状況や仕事の内容がわかることで代理も立てやすく、きめ細やかなサービスを提供できること。デメリットとしては相互の監視が働いて思い切った判断もしにくく、チームとして認識されているがゆえ責任の所在があいまいでチーム全体の責任として見られることも多いらしい。
大部屋的なスタイルでどんな人間が求められるかというと、プロフェッショナルではなくジェネラリストであるという。業務を分担する可能性があることから、ある程度幅広く扱える人間でありかつそれらを確認できるようなコミュニケーションの出来る人間である。さらにこのコミュニケーションという部分に関しては、チームとして進めていく以上個々の問題点や考え方を把握したりする必要性もある。昨今の「コミュニケーションの必要性が云々」というのもここまで言われると納得できるものはある。
業務スタイルとしてこの大部屋的なシステムは研修をする際、“On the job training”つまり仕事を実際にやってみてその中で指導していく、というスタイルであるという。これはパーテーションごとに区切られた職場ではできない。またこのようにして仕事を進めていく上に長期にわたって仕事をするからこそ付き合いや熱心な指導も進めていくわけだが、そうなると派遣労働者というシステムとの相性は悪い。よくて数年で切るのであれば、正社員と同じように教育するコスト(時間や熱意)はあまり有意義ではない。単純労働的な部分などではあまり問題無いとしても積極的に用いていくには動機としてあまり強いものはないのではないか。また“On the job training”でスキルは身に付けていくわけでTOEICやらTOEFLも「あればいい」程度でむしろコミュニケーションや飲み込みの速さが求められるような気がしてならない。もちろんここまでの話は「理想的な官僚制を用いているかつ教育する余裕がある会社」であることが前提なのは言うまでもない。
こういったシステム的な話を含めてやれコミュ力だの飲みュニケーションだのと言われていたのだ、と思えば違和感もそこまで感じなくなってくる。こういう構造を説明せずはやし立てられるとう新勧しか生まれない。もし、煽っている本人達がこういったシステムについて無知なまま「なんとなく」で煽っているのならいい気分はしないよね。
なんていうことを講義受けながら考えていたわけですが。その先生はご自身の務める大学で公務員試験支援的なポジションも兼ねているらしく、公務員試験などの現状についても語っておられたのですが長くなってきたからそろそろ寝よう。
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