2011年10月4日火曜日

命の価値って

『電車に轢かれて学長死亡』一時期妙に取り上げられていたニュースだけど、「学長」ってところを強調しすぎだと感じていたあの頃。たしか飛び込み自殺だったと思う。もちろん人が亡くなったのは悲しいこと。でもそれが例えば社会的に評価される地位ではない人だった場合はここまで取り上げられないで、都会のよくある事故の一つで終わるよねきっと。都会の電車に乗っていて「人身事故により云々」というのはよくあると聞くし。ひとりが飛び込んでニュースになると、そこを飛び込み自殺のスポット的に解釈する人が現れて連続で事故が起きる(つまり飛び込みをする人が増える)と聞いたことがある。それで取り上げられ始めて「実は最初に死んだのは~」ということもあったように覚えている。

似たような話で昔見たのが交通事故で3名死亡。一人は地方国立大学の学生、一人はサラリーマン、一人は東大生。メディアに取り上げられるのは東大生の死の話ばかり。「惜しい人物を亡くした」「有望な子だった」etc... といった風。命に価値の差はあるんですかね。

命の価値という話であれば、うろ覚えだけれどマイケル・サンデル先生が『これからの正義について~』で書かれていたような。徴兵制の話なんだけど、本来徴兵ということは誰もが徴兵されうるわけですが、「徴兵に行きたくない人(例えば大企業の社長さん等)は指定の金額を払えば徴兵を免れる事ができる」ということがあったそうだ。そこで「ではその指定された金額で徴兵を本来受けた人の代わりに戦場へ行くということはその金額こそある種の命の金額とも言えるのではないか」ということをおっしゃっていた。徴兵だけではなく、志願兵制度にしても兵士に支払われるお金は「命の金額」ということになるだろう、と。もう少し身近な例だと過失致死とかそういったもので人を死なせてしまった時に支払うよう命じられる慰謝料(法律関係に詳しくないのでミスがあったらごめんなさい)についても同様ではないかと思う。福島の保障とかもだろうし。

命の価値って数字で表せないもののような気がしているので「あなた(もしくはあなたの親しい関係の人の)命の価値ですよー」って言われてポンっとお金を渡されても納得できないですけどね。ただこの社会で表すには現状ではお金が一番わかり易いんだし、しょうがないことなんだと思うよ。社会通念として了解されてるというか誰もが分かる基準ってことになってるし。




あ、ちなみに電車に飛び込みをして自殺をなさると電車が遅れたりなんなりで相当な金額の賠償が親御サンもしくは親戚の方々に行くらしいので人に迷惑をかけない自殺ではないものですし、片付ける方もホント気分が悪いらしいのでやめたほうがいいと思いますよ。電車に乗ってる人からしても気分のいいものではありませんしね。

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